春先のことだった。ふと見ると、我が家のベランダの軒下に、小さなハチの巣ができ始めていた。女王蜂らしき一匹のアシナガバチが、せっせと巣材を運び、六角形の部屋を少しずつ作り上げている。最初は「自然の営みだな」と、どこか牧歌的な気持ちで眺めていた。アシナガバチは比較的おとなしいと聞くし、こちらから何かしなければ大丈夫だろうと、高を括っていたのだ。しかし、その考えが甘かったことを、私はすぐに思い知らされることになる。夏が近づくにつれ、巣はみるみるうちに大きくなり、働き蜂の数も増えていった。最初は数匹だったのが、十数匹、二十数匹と、明らかにその勢力を拡大している。ベランダに出るたびに、数匹のアシナガバチが巣の周りを飛び回っているのが目に入るようになった。洗濯物を干したり取り込んだりする際、ハチが近くを飛んでいると、やはり緊張が走る。巣に近づきすぎないように、物干し竿の端の方だけを使うようになった。それでも、風が吹いて洗濯物が揺れたり、自分が少し大きな動きをしたりすると、ハチが警戒してこちらに寄ってくるような気がして、ヒヤヒヤする場面が増えてきた。一番の心配は、子供のことだ。まだ小さい息子が、ベランダで遊んでいる時にハチを刺激してしまったらどうしよう。刺されてしまったら、アナフィラキシーショックを起こす可能性だってゼロではない。そう考えると、夜も安心して眠れなくなってきた。「おとなしい」という言葉を鵜呑みにしていたが、それはあくまで「巣から離れた場所での話」であり、巣の近くでは彼らも立派な「危険な隣人」なのだと思い知らされた。共存も考えたが、日々の生活にこれほどの不安とストレスを感じるようになっては本末転倒だ。私はついに、駆除を決意した。自分でやるのは怖かったので、専門の駆除業者に連絡を取った。費用はかかったが、プロの手際は見事で、あっという間に巣は撤去された。ベランダに平和が戻った時、心から安堵したのを覚えている。アシナガバチとの短い同居生活は、身近な自然との距離感、そしてその裏にある危険性について、改めて考えさせられる貴重な経験となった。