「便所虫」という言葉には、どこか蔑むような、あるいは生理的な嫌悪感を伴う響きがあります。トイレという空間に出現することから、不潔で忌み嫌われる存在として一括りにされがちですが、彼らもまた、地球の生態系の中でそれぞれの役割を持って生きている多様な生物の一部なのです。少し視点を変えて、彼らの世界を覗いてみましょう。例えば、チョウバエの幼虫は、排水溝や浄化槽に溜まった有機物のヘドロを食べて分解する役割を担っています。自然界においては、水質浄化のプロセスに関わる重要な存在なのです。彼らが人間の生活空間で「害虫」となるのは、私たちの生活様式が、彼らにとって異常に繁殖しやすい環境を提供してしまっている結果とも言えます。カマドウマは、暗く湿った場所で、小さな昆虫や有機物を食べる雑食性の生き物です。洞窟などの閉鎖された環境では、生態系の重要な構成要素となっています。彼らが家屋に侵入するのは、本来の生息環境と似た場所を求めてのことかもしれません。ワラジムシやダンゴムシは、落ち葉や枯れ木などを食べて土に還す「分解者」として、森林の土壌形成に大きく貢献しています。彼らがいなければ、森は枯れ葉で埋め尽くされてしまうでしょう。シミ(紙魚)は、非常に原始的な形態を保った昆虫で、「生きた化石」とも呼ばれます。彼らはセルロースなどを分解する能力を持ち、自然界では朽木の中などに生息しています。もちろん、これらの生き物が人間の住居に侵入し、不快感を与えたり、場合によっては衛生上の問題を引き起こしたりすることは事実です。そのため、適切な防除対策は必要となります。しかし、彼らを単に「汚い」「気持ち悪い」と忌み嫌うだけでなく、彼らが自然界で果たしている役割や、その多様な生き方に少しだけ思いを馳せてみることもできるのではないでしょうか。彼らの存在は、私たちの住環境における湿気や汚れの問題点を映し出す鏡のようなものかもしれません。彼らの生態を知り、彼らが好む環境を作らないように努めること。それが、一方的な排除ではなく、より建設的で、自然とのバランスを考えた「共存」のあり方なのかもしれません。今日から、トイレで見かける小さな生き物を、「便所虫」ではなく、それぞれの名前で呼んでみることから始めてみませんか。
便所虫と呼ばないで彼らの役割と多様性