ダンボールがゴキブリの温床になりやすいとされる背景には、その独特な構造と、ゴキブリの持つ生態的な特性との間に、驚くほど密接な関係が存在します。普段何気なく目にしているダンボールの構造を少し詳しく見ていくことで、なぜゴキブリにとって魅力的なのかがより深く理解できるでしょう。ダンボールの基本的な構造は、フルートと呼ばれる波状に加工された中芯を表裏のライナー(板紙)で挟んだサンドイッチ構造です。このフルートの波形が生み出す連続したトンネル状の隙間こそが、ゴキブリにとって最大の魅力の一つです。ゴキブリ、特に人家で問題となるクロゴキブリやチャバネゴキブリは、「接触走性」という性質を持っています。これは、体の上面と下面が何かに触れている状態を好むという習性で、狭い隙間に潜り込むことで安心感を得ます。ダンボールのフルートの隙間は、まさにこの接触走性を満たすのに理想的な空間なのです。幅は数ミリ程度で、ゴキブリが体を滑り込ませるのにちょうど良く、外部の視線や気流から身を守ることができます。さらに、この隙間は温度や湿度の変化が比較的緩やかであるという利点もあります。紙は断熱性と吸湿性に優れており、フルート内の空気層が断熱効果を高めます。これにより、外部環境が変化しても、隙間内部は比較的安定した微気候が保たれやすく、温度変化に弱いゴキブリにとって快適な越冬場所や避暑地となり得るのです。特に湿った環境に置かれたダンボールは、内部の湿度も高まり、ゴキブリの生存と繁殖に適した条件を作り出します。また、ダンボールの素材であるセルロースや、接着に使われるデンプン系の糊は、ゴキブリにとって非常食にもなり得ます。積極的にこれを主食にするわけではありませんが、他に餌がない状況では、ダンボール自体をかじって栄養源とすることも可能です。そして、この安全で快適な隙間は、産卵場所としても最適です。メスは卵鞘と呼ばれるカプセル状の容器に卵を産み付けますが、この卵鞘を外敵から守られた安全な場所に固定する必要があります。ダンボールのフルートの隙間は、卵鞘を隠し、固定するのにうってつけの場所なのです。このように、ダンボールの持つ物理的な構造と素材の特性が、隠れたい、安定した環境で過ごしたい、安全な場所に卵を産みたいといったゴキブリの生態的な要求と見事に合致していることが、両者の密接な関係性を生み出していると言えます。